奄美大島の原生林を歩く機会に恵まれた。1月なのに山々には木や草が生き生きと輝いて、どこまでも続いている。さすが、北から南まで3000キロ以上にわたる日本列島。北海道や日本海側の山は雪に埋もれて白一色だというのに、ここは瑞々しい緑が茂る春の世界だ。
島の中央部に、亜熱帯広葉樹が生い茂る金作原(きんさくばる)原生林がある。固有種の鳥や動物も多く生息しているそうだが、この季節では見かけることも、鳴き声を聞くことも期待できない。
目的地へ向かう小型バスは、オレンジ色の実が鈴なりのタンカンの木やバナナの木を左右に見ながら進む。現地ガイドは、奄美の自然を守るためにがんばっている団体の人だ。その彼が原生林の入り口で開口一番、「私にあとに付いて『道を』歩いてください」「え?」「道の脇に珍しい植物があったりすると、ちょっと近づいてみたくなるでしょうが、やめてください。ハブがどこに潜んでいるかわかりませんから」ハブの被害はニュースなどで知っていたが、その言葉によって現実味が増し、原生林についての説明を聞きながら緊張して歩く。
「いくら自然のままの山だ、森だ、と言われても松の木を見つけたら、すでにどこかに人の
手が入っていると思って間違いないです」山に少しでも人の手が加わると、一番先に自然発生するのは松だそうだ。ここへ来るまでの曲がりくねった山道のあちこちに松の木が見えたが、道路建設で人の手が加わった結果なのだ。なぜ松なのか、理由を聞きそびれてしまったのが残念。「なめらかな稜線の山を見ると美しいと思うでしょう? 人の手が入っている山です。たとえば植林した山なんかがそうですね。山全体がボコボコとしてブロッコリーのように見えれば、それは手つかずの、自然林の山です」バスの車窓から遠望した山は、まさにブロッコリーだった。
原生林の中で生きているシダ類は、とんでもなく巨大でたくましい。私の背丈ほどの高さで、茎は腕くらいの太さ。葉は、私が両手を輪にしたより大きかった。樹齢百年以上のものが多いと聞いて、なおさら驚いた。それまでの私は、〈シダという植物は、日陰に生えている丈の低い柔らかな草〉というイメージしか持っていなかった。天然記念物だというシダは「ヒカゲヘゴ」といい、ヤシの木と間違えてしまったくらいだ。茎は「幹」と呼んだ方がしっくりするし、高さが十メートルはあるような幹の頂上には、葉が放射状に広がっているからだ。
その幹に人の足跡のような模様がペタペタとついている。葉柄が落ちた跡だそうだ。その足跡が整然と並んでいる幹と、まるで追われて慌てて逃げた、と言わんばかりに乱れた足跡の幹があるのに気がついた。「原生林を守りたいのですが、むずかしいですね。こっそりとシダの葉を折り取っていく人が後を絶たないので困るのです」とガイド氏は嘆いた。ドロボウは、天然記念物の葉を盗ったところで、そのあとどうするのだろう。自然に落葉したヒカゲヘゴの幹は、自信に満ちて、すっくと天に向かって伸びているように感じるが、無理に葉柄をむしり取られた幹は、全体に勢いが感じられない。傷を治すのが精一杯だったのだろう。
原生林の奥へ進むと、倒れた巨木があっ
た。幹の下側に自然発生した根が、栄養分を求めて曲がりくねりながら土の中に潜り込んでいる。その倒木の上側に生まれた新たな幹が、か細いながら天を求めて立ち上がっている。「命を受け継ぐ」という言葉を思い出した。奄美から帰京後、しばらくして科学博物館に出かけたとき、輪切りの屋久杉を見た。樹齢千 年以上の杉を「屋久杉」と呼ぶそうだ。説明書きによると、展示してあるものは樹齢千六百年である。気が遠くなりそうだった。人間はなんと小さく、はかない存在なのだろう。ジャングルの木を伐採した地域の砂漠化が、急速に進んでいる。日本のブロッコリーの山々はそのまま残っていて欲しい。
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